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額田歴史の散歩道(額田城跡保存会員)

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2008年03月23日(日)

桜田門外の変と三島神社

我が国では6世紀に、律令国家としての中央集権政治体制が確立し、都から全国各地へ延びる官道(今の国道)等の整備が進み、海上交通もこの時代に急速に発達しました。
 当神社が鎮座したのは、この東(あづま)の地より都へ至る出発地点であり、これより北の奥州への基点として続く、官道の物資・情報の集積・中継地であった駅(うまや)に奉斎されていたと考えられ、これにより、交通・災難除・渡の守り神として、朝廷をはじめ広く崇敬を集めていたことが推測されます。
 特に、神社の北側に面した大河「久慈川」の渡りについては、御祭神の水上交通神としての、御神威に深く結びつくものです。
 また、この地を治められた歴代の藩主は、社殿や土地等を奉納せられ、祈願所に定めて手厚く奉護され、徳川光圀公には御神鏡を奉納される等、その霊験あらたかな事を物語る代表的な史実と成っております。
 現在においても、地元はもとより広く多くの崇敬を集め、御神威益々高く輝き給う御社であります。三島神社の神官海後磋磯之介は桜田門外の変に参加した一人です。

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